むつ市5億円強奪事件=1985年10月

護送中の機内で報道陣に語る篠原誠=1985年11月13日

1985年10月、青森県むつ市で、金融会社の社員が5億円を強奪されるという事件が起きた。奪われた5億円は銀行のオンラインシステムを利用し、東京・名古屋・神戸の銀行口座に送金されて引き出されていた。背後には稲川会系の暴力団が存在するとされたが、主犯の篠原誠は黙秘を貫いた。懲役11年の実刑判決を受けて服役した篠原はその後も詐欺を重ね、刑務所を行き来する人生を送っている。

1985(昭和60)年10月26日土曜日の午後9時過ぎ、東京都中央区の金融会社大松物産銀座支店の社員が「青森県むつ市内の中央水産会社の加工場内に同僚2人と一緒に換金され、預金通帳と印鑑を奪われた」と青森県警に届けがあった。同県警は逮捕監禁、強盗事件として同水産会社の社長、浜坂作と仲間の鈴木勝彦、五十嵐博司と名乗る3人の人物を全国に指名手配し、むつ署に捜査本部を設置した。大松物産の社員は3人で同市を訪れ、この日同水産会社が持ちかけた5億円融資の打ち合わせをする予定だったという。午後2時ごろに同水産会社を訪れたところ、浜坂社長の案内で休憩室に連れていかれた。そこで同社長は3人に出刃包丁を突きつけ「通帳と印鑑を出せ」と脅し、強奪した後ナイロン製のロープで3人の手足を縛って放置した。そのうちの1人がもがき続けたところ、偶然ロープが解けたため脱走し、警察に駆け込んだ。

預金通帳を銀行に照会したところ、預金の内2千万円が青森県大畑町の銀行を通じて引き出されていて、残りの4億8千万円も東京、名古屋、神戸など各地の銀行口座に送金されていて、送金先の銀行から全額引き出されていた。

27日、捜査本部は預金通帳に記録された受け取り人を調べるため、東京と神戸に捜査員を派遣し、また監禁現場の同水産会社の現場検証を始めるなど、本格的な捜査に乗り出した。同日午後になって、愛知県知多郡の知多署から入った連絡によると、この事件の主犯とされる同水産会社社長の浜坂作という人物は偽名で、名古屋市の同姓同名の人物から「名前を騙られた」という訴えがあったという。その後現場検証で検出された指紋を照合したところ、浜坂の正体は長野県出身で住所不定、篠原誠=当時(52)=と判明した。篠原は過去に長野県信用組合に偽造手形を持ち込んで換金を図った疑いで指名手配されている人物だった。それ以前にも名古屋や神戸で不動産や物産関係の会社を計画的に設立し、偽造手形を作って銀行で換金するなど、詐欺の常習犯であった。篠原が設立した会社はいずれも経営実態のないペーパーカンパニーで、最初から詐欺をすることだけが目的で設立されていた。捜査本部は他の「鈴木」と「五十嵐」の2名も偽名を使っているとみて身元の割り出しを進めた。

29日午後、むつ署に出頭してきた共犯者の阿部博=当時(38)=と菅原紀一=当時(39)=の2人を逮捕監禁、強盗容疑で逮捕した。30日には三沢貞男=当時(43)=が長野県警更埴署に出頭し同容疑で逮捕され、強奪事件に関わったグループの内3人が捕らわれた。その後の捜査本部の調べで、篠原は自分の弟も巻き込み、これまでに逮捕された3人を含めて合計7人の詐欺グループを結成していたことが判明。逮捕されたいずれの容疑者は暴力団関係者で、借金を返済するという篠原の言葉に騙されて今回の犯行に及んだという。取り調べを進める内に偽名を使うなどしていた残りの4人の身元も判明し、捜査本部は篠原の弟、同越武=当時(51)=、斎藤光男=当時(39)=、武内廣充=当時(45)=を追加で全国に指名手配した。

そして逃亡していた篠原もついに逮捕される。11月13日、この日午前6時25分ごろ、静岡県浜松市の東海道線国鉄浜松駅の公衆電話から「手配中の篠原によく似ている人物が下りの寝台特急あさかぜに乗ったのを見た」という匿名の電話が捜査本部に寄せられた。捜査本部は山口県警に捜査協力を依頼し、それを受けた山口県警は徳山署に手配した。国鉄徳山駅で捜査員があさかぜに乗り込んだところ、寝台車にいる篠原と越武の2人を発見した。その後列車が宇部駅で停車したところで職務質問したところ、2人はあっさりと本人であると認めたため緊急逮捕し、身柄をむつ市の捜査本部へ移送した。

青森県むつ市のむつ警察署に入る篠原誠=1985年11月13日

この時、報道各社は集中豪雨型の取材を行い、腹を立てた篠原が報道カメラに蹴りを入れようとしたり、「でたらめなことばかり書いてると殺しちゃうぞ」などと威嚇する場面もあったが、移送中の新幹線の車中や飛行機の機内では一転、報道関係者らに上機嫌に「2千万円は貰ったが、残りの金は借金をしていた暴力団関係者に返済した」と語った。

後日、逃亡していた斎藤と武内の2人も自ら警察に出頭し逮捕された。その後の捜査本部の調べで篠原の送金ルートである東京ルート、名古屋ルート、神戸ルートの3ルートの全容が明らかになった。この内の東京ルートでは都内在住の元不動産会社社長の口座に一度金が渡っていることが明らかになり、名古屋ルートでは稲川会系の暴力団組長に金が渡っていて、神戸ルートでは都内の金融ブローカーと霊園業者の口座に金が渡っていることが分かった。捜査本部は逃亡の裏で暴力団関係者などが手助けをしていたものとみて背後関係を追及したが、篠原は肝心な点になると完全黙秘してしまうため、結局これらの関係者が具体的にどのような関わりを持ったのかという点を解明することはできなかった。裏で手助けをしていたとされる暴力団関係者も、数回事情聴取された後立件することは不可能と判断された。

後年、篠原は青森地裁で懲役11年の実刑判決を受けて服役した。

これらの一連の事件で世間を騒がせた篠原は、その後も詐欺事件を繰り返し、刑務所とシャバを行き来する人生を続ける。97年に出所した篠原は懲りずに小切手や手形の偽造詐欺事件を起こし、00年にまたも逮捕。再び懲役11年の実刑判決を受ける。12年12月にひっそりと出所した後も、東日本大震災関連の復興詐欺に手を染め、宗教法人幸福の科学、大川隆法総裁の前妻、きょう子夫人から1億円以上をだまし取ってまたも逮捕され、懲役3年の実刑判決を受けて服役している。篠原はむつ市事件のことに触れ「むつの事件で入手した金を隠していた香港の銀行口座が凍結されている。当面の活動資金として金を貸してほしい。必ず謝礼はする」と言葉巧みに語ったという。
今、篠原は85歳を迎えている。人生の大半を裏街道で過ごしてきた彼は、刑務所と娑婆を行き来し続けた。

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