憲法と民主主義が死ぬ時

 大規模な自然災害、社会の混乱、そして政治不信の呼び水となった疑獄事件が相次いだ年が終わり、2019年(平成31年)の正月を迎えた。6年前に比べて景気は回復し、株価もおよそ値上がりした。街を行く人々の顔ぶれも、どこか明るい顔をしている。

 今日、我が国の民主主義は死の危機に瀕している、聞かれていることに答えない、相手を誹謗中傷する、反対論を封じ込めて数の力で採決を押し切るなど、枚挙に暇がないほど憲法の理念に釘を打ち込むような燦々たる政治が続き、人々の間には反対しても無駄。選挙に行っても何も変わらないという諦めの空気が充満している。友人優先の政治が招いた疑獄事件が明るみに出ても、違憲”疑いの”立法が相次いでも首相の支持率は低下しないどころか、月日が経てば回復する傾向も続いていることがそれを裏付けている。

 寿司会、汚職事会とも揶揄される大手メディアの幹部と首相の馴れ合いが続き、また放送法を持ち出した停波をちらつかせたり、首相を批判した元官僚がテレビで意見表明をしたことに対しテレビ局幹部から事情聴取を行う、報道した側を処罰する特定秘密保護法(いわゆるスパイ防止法)の制定などもあって、報道は完全に萎縮し、政治批判がテレビから絶滅寸前になっている。メディアの手抜きもあって、この高支持率と政権は維持されているだろう

 安倍首相が2006年に就任した当時、メディアは政権にかなり手厳しかった。天下り問題、閣僚を巡る政治とカネの問題、まだ記憶に新しい年金記録問題。そしてあまりにお粗末な改正教育基本法の立法経緯、そして閣僚の自殺など、メディアは徹底的に首相を批判していた。結果として安倍首相は参議院選挙で惨敗し、内閣改造の数日後、ある野党党首が会ってくれない、体調が悪いと政権を放り投げた。

 メディアが権力監視をサボタージュし、人々も政治に愛想を尽かした結果、何をしても辞めない首相が誕生した。閣僚は不誠実な態度を取り続け、採決ありきの議会が完成した。そして今、首相は現行憲法の息の根を止めようとしている。我が国の人々は無力感から行動せず、”憲法の死に際”に立ち会い、成り行きをただ見守るだけである。

 我が国の民主主義は、早ければ今年中に、遅くとも来年までに完全に死に絶えるだろう。そして後に残るのは、事前準備された特定秘密保護法、現代の治安維持法と揶揄される組織的犯罪処罰法(いわゆる共謀罪)など、市民の思想信条を強く監視する法律。

 憲法改正を「国民投票で否決できる」という考え方は楽観的で危険だ。事あるごとに現行憲法を戦勝国に押し付けられた「いじましく、みっともないもの」と自国の首相が批判している姿を見た人々は間違いなく改憲案に賛成するだろう。また国民投票法は憲法改正の広告を規制していない。投票日の14日前までは憲法改正に賛成する内容を広告で流しても問題ない。もし憲法に馴染みのない人々が、毎日朝から晩までいたる所で「憲法を改正しよう」、「現行憲法はみっともない」と大量に見せられたら、あるいは「自衛隊は違憲状態なので気の毒だ、この状態を是正するために憲法に追記し明文化しよう」と情に訴えかけられたら、テレビやインターネットの広告で毎日刷り込まれれば、冷静を欠いた状態になったらどうなるか。

 なお本節では「自衛隊の合憲化」に関する意見は述べない。理由は自衛隊の憲法との整合性に関する議論と、合憲化を口実に憲法を丸ごと変えてしまう目論見は別問題だからである。

 「強いアメリカを取り戻す」という、どこかで聞いたようなわかりやすく明快なスローガンを用いたドナルド・トランプ米大統領が就任し早3年が経った。自らに敵対するメディアを記者会見から締め出す、自身の批判を「フェイクニュース」と決めつけ、取り合わないなど、どこかの国でも見た光景が繰り広げられている

 比で誕生したドゥテルテ大統領は、麻薬カルテルの追放を標榜し、暗殺組織を結成し裁判なしの死刑を連発、治安向上を公約に掲げた同大統領の輝かしい功績は、一方で近代法治国家の根幹を揺るがしている。世界各国で次々と極右の大統領が誕生した。

 話は飛ぶ。「日本を貶める日本人をあぶりだせ」とサンケイ新聞に衝撃のコラムが掲載されてから1年余りが過ぎた。曰く日本人の活動家が慰安婦像を世界にばら撒いた。左派文化人が偏った主張をしているという主張は、その見出しの強烈さも重なって近年の我が国をよく象徴している。

 もっとも、我が国の思想事情は他国とは違い、どちらかと言えばインターネットを中心に台頭している。現実を舞台に活動する昔ながらの右翼も存在するのだが、こちらは衰退傾向にある。しかしインターネット上はどうだろう。

 従軍慰安婦を売春婦として糾弾し、口汚い言葉で左派を罵る動画が動画投稿サイトの視聴候補に上がってきたり、またインターネットのサイトで他国を貶める見出しと偏った意見が候補に出てきた光景を見た人は少なくないはず。我が国では左派に属する人々を「パヨク」と決めつけ、汚い言葉で罵る。短文投稿サイトには「パヨク」を徹底的に批判し、糾弾する言葉が並ぶ。与党に反対すれば「パヨク」。野党を支持すれば「パヨク」。憲法を守ろうと言えば「パヨク」。自衛隊の軍拡を懸念すれば「パヨク」。既存メディアは「パヨクに洗脳されている」(サンケイなど一部を除く)。自然を守ろう、沖縄を守ろうと言えば「パヨクの活動家」。思想が革新的だったり、政府与党に反対する人々にはもれなくこの言葉が投げかけられる。

 現実の社会で相手のことを右翼だ左翼だと決めつけることは少ない。しかしインターネットは確実に思想の左右で分断されている。そして左はバカで愚かであるといった偏った意見が蔓延し、「左はこんなにも愚かなのだ」と大衆の意識に刷り込まれていく。

 なお人から根掘り葉掘り話を聞くと、別に保守的でも極右でもない。ただなんとなく左は嫌、野党はいやという人が我が国には多い。この点が他国とは違う。

 なお、「普通の日本人」によれば、国の主権を脅かす経済協定を締結したり、水道事業を民営化”しやすく”する法律を制定したり、政党幹部の旧知の間柄に国有地を安く払い下げるのは売国的ではなく、我が国の製品や名産物を外国人に礼賛させたりするのは良い行為だそうだ。

政府与党に対峙できる野党

 政治の基本は「職と食」である。普通、人が職を得ることは、家庭の経済力を維持することを意味する。職を得ることができれば金という対価をもらえる。金があれば食にありつける。我が国の野党は「アベノミクスは格差を拡大させただけ」。「安易な増税が格差を生み出した」。「安倍政権は民主主義を殺している」という主張ばかりを続けている。結果として人々から政治をより遠ざけていくばかりである。
 野党の影響力は低下する一方である。自民党に対峙できる野党は今の所存在しない。また具体的な経済、外交、社会保障などの政策を掲げている政党は多くない。「まず、自民党を引きずり下ろす」という話の先が見えてこないのだ。報道の萎縮や偏向問題なども影響し、野党の存在感はますます薄くなり、自滅を続けるばかり。

民主主義は

 冒頭に主張した通り、我が国の民主主義は早ければ今年中、遅くとも2020年末頃までに完全に死ぬだろう。なんとなく与党支持と、政治に無関心な人々によって息の根が止められる。民主主義の死の後には日本の死が待っている。そして現首相は、後世の歴史教科書に間違いなく名を刻むだろう。

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