送月現語 2019年1月27日

 米・ケンタッキー州で10歳の少年が首を吊って自殺した。慢性の腸疾患を抱えて生まれたこの少年は、これまで26回にも及ぶ手術を受け、懸命に生きながらえてきた。その命を奪ったのは、人種差別といわれのないイジメだった

 ▼両親は子どもを授かりにくい体質だったという。ようやく授かった1人息子は難病を抱えていた。それでもかけがえのない我が子だろう。陰湿なイジメで我が子を奪われた両親の気持ちを考えると、いたたまれない。自殺した少年は黒人。白人の多い学校に通っていた彼は、病気と人種の違いからイジメの標的にされた

 ▼黒人を差別する憎悪の言葉を投げかけられ、病気をネタにして「臭い」などと言われ、幼い心は傷つき、身も心もボロボロになった。彼が最後に逃げ込んだ先は教師でも、警察でも、両親のもとでもなく死だった。なぜ、学校も教師も、彼のSOSに気づいてやることができなかったのか。両親の話によれば、彼に対するイジメは収まる気配がなかったため、来年には転校する予定だったという

 ▼両親は学校に対する強い不信感をあらわにした。「学校の理念にある対応策も口先だけ。言葉でイジメについて伝えていたのに、なんの行動も起こさなかった」。子供のイジメは限度を知らない。だから陰湿で、時には野蛮な暴力を伴う。ことに身体的なハンデがあるとなれば、イジメは壮絶なものになる。だから教師が積極的に介入し、場合によっては両親を交えて話しをしなければならなかったのに

 ▼かつて我が国でも、イジメによる自殺が大きく取り上げられたことがある。1986年、東京・中野の中学校に通う少年が、同級生からリンチの標的にされ、遺書を残して自殺した。彼の心を決定的に打ち砕いたのは、同級生が開いた葬式ごっこだった。教師が追悼の言葉に署名までし、机の上には菊の花が飾られた。少年は絶望と孤独の中で助けを求めたのに、誰も気づかず無視した。その結果、彼は両親の実家近くのデパートで、首つり自殺した。米国の話と、我が国の事件はどこか似ているところがある

 ▼子供の世界には幼稚さ故の残虐性と不寛容がある。話はこれで終わるが、遺族たちにとってはいつまでも終わらない、後味の悪い話。

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